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DATE: 2008/04/02(水) CATEGORY: 未分類
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日本は、東アジアの東方、太平洋の西部にある島国である。領土は、本州、北海道、九州、四国などからなる日本列島を中心に、南に延びる伊豆諸島、小笠原諸島、南西に延びる南西諸島、及び北東に延びる千島列島の一部を含み、全体として弧状列島を形成する。周囲を太平洋、日本海、東シナ海、フィリピン海、オホーツク海などの海洋に囲まれる。国境は存在せず、ロシア連邦、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、中華人民共和国、中華民国(台湾)、フィリピン共和国と海を挟んで接している。
人妻出会い
工業国として、国内総生産 (GDP)で世界第2位(USドル時価換算)に位置する経済大国である。1964年(昭和39年)に経済協力開発機構 (OECD) に加盟し、主要国首脳会議には1975年(昭和50年)の第1回(当時は先進国首脳会議)から参加するなど、世界経済へ強い影響力を持つ。
周囲を海に囲まれた島国であることから、海上交易・漁業ともに盛んな海洋国家である。内海をふくむ領海、排他的経済水域などの水域面積は約447万km²であり、これは国土面積の11.7倍にあたる[1]。
政治は、第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法を最高法規として行われる。統治機人妻出会い構は、立法権を国会、司法権を裁判所、行政権を内閣に分配する三権分立制を採る。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を憲法の三大原理とし、その根本にある個人の尊重(個人の尊厳)を基調とする。また、憲法に元首の定めはないものの、世襲である天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(1条)として、元首に準じた地位に置く。
国家としての日本、または日本の文化・民族は、長い年月を経て段階的に形成されてきており、建国時期を示す明確な画期はない。日本列島には約10万年前ないし約3万年前から人が住み始めた。約1万2千年前の前後にアジア大陸と分離すると、東アジア文化圏の影響下にありつつも、独自の文化・社会・政治体制を築いていった。国家としての「日本」が成立したのは7世紀後半から8世紀初頭にかけての時期である。「日本」は東アジアの中でも独特な国際的地位を保持し続け、13世紀の元寇や16世紀のヨーロッパのアジア進出、19世紀の欧米列強の進出などの事態にも対応して独立を維持した。明治維新を迎えた日本は人妻出会い近代国家として著しい発展を見せたが、急速な拡大志向は太平洋戦争での敗北という形に帰着し、戦後は軽軍備のもとで高度経済成長を遂げた。(→日本の歴史)
天皇は、初代から第125代の今上天皇(現在の天皇明仁)に至るまで、すべて世襲されてきた。そのため、日本は万世一系の天皇が常に統治してきたとする思想が生まれた。ただ、そのときどきの政治権力は、豪族や貴族、幕府や政府などに担われることが多かった。天皇は主として、その政治権力の担い手の正当性を根拠づけ、権威を表象する役割を果たした。
アメリカのメリーランド大学とイギリスのBBCが、全世界の約4万人を対象に実施した共同世論調査で、日本が「世界に最も良い影響を与えている国」の第1位に選ばれた。日本は国際的に高い評価を得ている[2]。
[編集] 国号
国号には「日本国」が通常用いられる。日が昇る「ひのもと」の地であることに由来していると考えられている。
根本法令である憲法の表題には、「日本国憲法」「大日本帝国憲法」のように「日本」国号が明示されてはいるが、国号を日本国と直接かつ明確に規定した法令はない。
[編集] 国号の成立
「日本」という国号が成立した時期は、7世紀後半から8世紀当初までの間と考えられている。天武天皇治世において成立したとする説[3]と、701年(大宝元年)の大宝律令成立前後に成立したとする説[4]が有力視されている。『日本書紀』大化元年七月条に高句麗・百済からの使者への詔に「明神御宇日本天皇」とあるが、これは後に定められた大宝律令公式令を元にして『日本書紀』編者が、潤色を加えたものと今日では考えられている。
7世紀後半は唐が対外志向を強め、これに脅威をおぼえた唐周辺諸国が、国力増強のために国制整備を進めた時期だった。倭国もまた660年の百済復興戦争で唐・新羅に敗北し、国際的な孤立へと追い込まれ、以後、倭国は律令制の導入などにより精力的な国制整備に取り組んだ。この取り組みを大きく推進したのが天武天皇だった。天皇中心の国制整備を進める天武治世期において天皇号が生まれたと現在考えられているが、「日本」国号の成立を天皇号の成立と同時期と見るのが、前者説である(例えば吉田孝は飛鳥浄御原令(689年)にて「日本」国号と天皇号が定められたと推測している[5])。その後、天武が推し進めた国制整備は701年の大宝律令成立をもって一つの到達点に至った。そこで、大宝律令の成立を「日本」国号の成立と密接なものとする見方に立つのが、後者説である(例えば神野志隆光は具体的に、大宝令公式令詔書式において「日本」国号が定められたとしている[6])。
8世紀前半の唐で成立した『唐暦』には、702年(大宝2年)に「日本国」から遣使のあったことが記されている。後代に成立した『旧唐書』、『新唐書』にもこの時の遣唐使によって「日本」という新国号が唐(大周)へ伝えられたことが確認できる。両書とも「日の出の地に近いことが国号の由来である」とし、国号の変更理由についても、「雅でない倭国の名を嫌ったからだ」としている。国号変更の事情について、旧唐書が「小国だった日本が倭国を併合した」とするのに対し、新唐書は「倭が日本を併合し、国号を奪った」としており、混乱が見られる[7]。これらの記述により、702年に「日本」国号が唐によって承認されたと現在では考えられている。
旧唐書・新唐書が語るように、「日本」国号は日本を東方に見る国、すなわち中国大陸の国からの視点により生まれた[8]。平安時代初期に成立した『弘仁私記』序において、日本国が中国に対して「日の本」すなわち東方に所在することが日本の由来であると説明され、平安時代に数度にわたって行なわれた日本書紀講読の様子を記す『日本書紀私記』諸本においても、中国の視点により名付けられたとする説が採られている。神野志隆光は、日本の称が中国の世界観の中から生まれた可能性を指摘した上で、ゆえに日本の国号が唐に受け容れられたのではないかと考察している。また、『隋書』東夷伝に、倭王が隋皇帝への国書に「日出処」の天子と自称したとあり、このときの「日出ずる処」という語句が「日本」国号の淵源となったとする主張もあるが、仏典『大智度論』に日出処は東方の別表現である旨の記述があり、現在「日出ずる処」は単に文飾に過ぎず、「日本」国号の成立とは無関係であると考えられている[9]。
[編集] 読み
日本政府は正式な読み方を明確に定めていない。「にっぽん」あるいは「にほん」と読まれる。
「日本」の国号が成立する以前、対外的には「倭国」または「倭」と称したが、「やまと」の政治勢力が中心となって倭を統一したため、倭は「やまと」と読まれるようになった。日本へ国号変更された後も「やまと」の呼称は残り、日本は「やまと」と読まれ続けた。
同時に、「日本」国号は7世紀後半の国際関係から生じたものであるため、当時の国際的な読みである音読、すなわち「ニッポン」(呉音)または「ジッポン」(漢音)と読まれただろうとも推測されている[10]。「ニホン」の読みがいつ始まったかは定かでない。平安時代の仮名表記では促音・濁音の区別がなかったため、「ニッポン」音も「にほん」と表記された。「ニホン」の読みはここから起こったと考えられている。同じ平安時代には「ひのもと」の読みも新たに起こっている。
室町時代の謡曲・狂言は、中国人に「ニッポン」と読ませ、日本人に「ニホン」と読ませている。安土桃山時代にポルトガル人が編纂した『日葡辞書』『日本語小文典』等には「ニッポン」「ニホン」「ジッポン」の読みが見られ、その用例から判断すると、改まった場面・強調したい場合では「ニッポン」が使われ、日常の場面では「ニホン」が使われていた[11]。 Xipangu、Japan、Japon 等、ヨーロッパ語圏での日本を表す語は「ジッポン」に由来すると考えられているが、「ジッポン」音は現在伝わっていない。このことから小池清治は、中世日本人が中国語的な語感のある「ジッポン」を使用するのは、中国人・西洋人など対外的な場面に限定されていたのであり、日常的には「ニッポン」「ニホン」が用いられていたのではないかと推測している[12]。
その後、明治期に入っても「ニッポン」「ニホン」の統一がなされない状況の中、1934年(昭和9)に文部省臨時国語調査会が、国号呼称を「にっぽん」に統一し、外国語表記もJapanを廃してNipponを使用すること、とする案を示した。しかしながら、完全な統一は果たされなかった。現在、通商や交流の点で海外と関連のある紙幣、切手などには「NIPPON」と描かれている。「NIHON」と表記する例はあまり多くない[13]。
[編集] 別称・外国語呼称
日本の別称は古くから多様である。
自らを呼んだものには、まず「葦原中国」(『古事記』、『日本書紀』神代)、「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」(『古事記』)、「豊葦原千五百秋瑞穂国」(『日本書紀』神代)等があり、これらに共通する「葦原」は、豊穣な地を表すとも、かつての一地名とも言われている。「大倭豊秋津島」(『古事記』)、「大日本豊秋津洲」(『日本書紀』神代)の「秋津島(洲)」は(とんぼの島)の意であるが、孝安天皇の都の名(室秋津島宮)に由来するとされている。同じく「師木島」(『古事記』)、「磯城島」「志貴島」(『万葉集』)等の「しきしま」も、欽明天皇の都(磯城島金刺宮)に由来するとされる。「大八洲」(『養老令』)、「大八洲国」(『日本書紀』神代)は、多くの島からなる島国の美称と解されている。このほか、「磯輪上秀真国」「細矛千足国」「玉垣内国」(『神皇正統記』)、「浦安国」「藤根国」(『詞林采葉抄』)、「日出処」、「大和国」、「和州」等多くの別称があった。
中国からの呼び名には「倭」「倭国」「倭奴国」「倭人国」のほか、扶桑蓬莱伝説に準えた「扶桑」 [14]、「蓬莱」をはじめとして、「東海姫氏国」、「東海女国」、「女子国」「君子国」、「若木国」、「日域」、「日東」、「日下」、「烏卯国」、「阿母郷」(阿母山・波母郷・波母山)などがあった。
「皇朝」はもともとは中原王朝の天子の王朝をさす漢語であるが、日本では天皇王朝をさす漢文的表現として使われ、国学者はこれを「すめみかど」または「すめらみかど」等と訓読した。「神国」、「皇国」、「神州」、「天朝」、「天子国」などは雅語(美称)としての「皇朝」の言い替えであって、国名・国号というようなものではない。「本朝」は「我が国」というような意味であってこれも国名ではない。江戸時代の儒学者などは日本をさして「中華」、「中原」、「中朝」、「中域」、「中国」などと書くことがあったがこれも国名ではない。「大日本」と大とつけるのは、国名の前に大・皇・有・聖などの字をつけて天子の王朝であることを示す中国の習慣からきている(「有漢、皇魏、聖晋、大宋」等。「大元・大明・大清」は例外でこの3例のみは二文字で正式国名)。しかし、「おおやまと」と読む場合はそれとは関係ない古称の一つである。「帝国」は、もとは「神国、皇国、神州」と同様であったが、近代以後は"empire"の訳語として使われる。(近代以前の東アジアにおいては「天子」や「皇帝」は世界に君臨すべき地上唯一の存在とされたため「天皇」「天子」等の自称は中華王朝の反発を招いたほか、朝鮮半島の国もこれに抗議した。しかしこれらの時代は帝や王の文字にこだわったのであって、西洋語の訳語としての「帝国」や「王国」の概念に反応した訳ではないので混同しないように注意しなければならない[要出典])。明治時代から第二次世界大戦後までの国号は様々に変遷しており、従来の日本、日本國の他、日本帝國、大日本國、大日本帝國なども用いられ、端的に表す場合は単に「帝國」とも略された。戦後は主に「日本」或いは「日本国」でほぼ統一されている[15]。
公式の英語表記は、Japan(ジャパン)。略記としてはJPNが用いられる。JAP(ジャップ)は、アメリカ英語では侮蔑的な意味があるので[16]、使用には注意が必要である(但しこの他の言語ではこの限りではない)。また、最近の外国語表記ではNippon(ニッポン)が用いられることが多い。具体的にはUPU等によるローマ字表記(1965年以降)、日本郵政公社の切手や日本銀行券などでNippon表記を用いている。なおNipponの先頭三文字で略したNIP(ニップ)は、JAPよりも強い侮蔑・差別の意味合いがあるので、使用するべきではない。この場合の略称はNPNとなる。
世界の多くの言語において日本を意味する固有名詞は、ジャパン(英:Japan)、チャパーン(愛:tSeapáin)、ヤーパン(独:Japan)、ジャポン(仏:Japon)、ハポン(西:Japón)、ジャッポーネ(伊:Giappone)、ヤポニヤ(波:Japonia)、イポーニヤ(露:Япония)、イープン(泰:ญี่ปุ่น)、など、ある時期にある地域の中国語で「日本国」を発音したもの(ジーパングォ)を写し取ったジパング (Xipangu) あるいはジャパング (Japangu) を語源とするとするのが定説である。中国や韓国などの漢字文化の影響の強い地域においては、リーベン(中:Rìbĕn; 日本)、イルボン(朝:일본; 日本)、ニャッバーン(越:Nhật Bản; 日本)[17]等、そのまま「日本」を自国の発音で読むというやり方をしている。
なお、「日出ずる処」を各国語に訳した名詞句も「日本国」を示すものとして使用されている。例:(英語)"(the) land of (the) rising Sun"、(フランス語)"le pays du soleil levant"、(スペイン語)"El pais del sol naciente"。
[編集] 歴史
詳細は日本の歴史および各時代の項目を参照。アイヌと琉球地域に関して日本の領土になったのが明治以後であり、それ以前の歴史には違いがあるので、各々の項を参照
[編集] 概略
日本の歴史は、通常、日本列島における歴史と同一視されているが、国号節で見たように、厳密には日本の成立は西暦700年前後の出来事であり、「日本の歴史」と「日本列島の歴史」を明確に区別してとらえるべきとする考えも出されている[18]。本節では国家としての日本がたどった歴史とその領域の変遷を中心に見ていくこととする。日本の歴史の詳細については日本の歴史および各時代の項目を参照されたい。
日本の歴史の時代区分は、考古学上のものと歴史学上のものがある。考古学上の時代区分は、旧石器時代(先土器時代)、縄文時代、弥生時代、古墳時代、歴史時代、とするのが一般的である。一方、歴史学上の時代区分としては、古代(飛鳥時代およびそれ以前・奈良時代・平安時代)、中世(鎌倉時代・室町時代・戦国時代)、近世(安土桃山時代・江戸時代)、近代(明治・大正・昭和およびそれ以降)の四分法が通説である。(→日本の歴史#時代区分節)
日本列島の人類の歴史は、約10万年前以前ないし約3万年前に始まったとされる。当時の日本列島はアジア大陸と陸続きであり、西方の華北・北方のシベリアとの文化交流も見られた。約1万2千年前の前後に最終氷期が終わると、日本列島は大陸から分離した。この後も列島と大陸との間に活発な通交・交流が行なわれ、巨視的には日本列島も中国を中心とする東アジア文化圏の影響下にあったが、東アジアの最東方に所在する島国、という地理的条件によって、日本は他の東アジア地域とは異質な要素を持つ文化・社会を発達させていった。
紀元前8世紀頃以降、大陸から稲作を中心とする文化様式が伝わると、各地に「ムラ」「クニ」と呼ばれる政治組織が徐々に形成され、1世紀・2世紀前後には各クニの連合による倭国と呼ばれる大規模な政治組織が出現した。この連合的政治組織は3世紀・4世紀頃に統一王権(ヤマト王権)へと発展すると、7世紀後半には中国の法体系・社会制度を急速に摂取して8世紀初頭に古代国家(律令国家)としての完成を見るに至った。「日本」国号と天皇号は、この古代国家の建設・成立と軌を一にして登場したと考えられている。当時の日本は隋との通交以来、中国と対等な外交関係を結ぼうとする姿勢を見せており、中国を中心とする冊封体制からの独立を志向していた。他の東アジア諸国とは異質な外交姿勢であり、この外交姿勢は、その後の日本にも多かれ少なかれ引き継がれていった。
成立当時の「日本」の支配地域は、日本列島全域に及ぶものではなく、九州南部以南および東北中部以北はまだ「日本」の領域外であった。九州南部は8世紀末に「日本」へ組み込まれたが(→隼人)、東北地方の抵抗は強く全域が「日本」の領域となったのは鎌倉時代に入ってからである(→蝦夷)。特に8・9世紀は、蝦夷征服活動が活発化するとともに、新羅遠征が計画されるなど、帝国としての対外志向が強まった時期だが、10世紀に入るとこうした動きは沈静化した。
11世紀後半から12世紀にかけて、旧来の天皇を中心とする古代律令国家体制が大きく変質し、社会各階層への分権化が進んだ中世国家へと移行した(→荘園公領制・職の体系)。12世紀頃(平安末期)から起請文などの古文書に「日本」「日本国」の表記が見られ始め、これは社会に「日本」「日本人」の意識が生まれたことの現われと考えられている。特に13世紀後半の元寇(蒙古襲来)は、「日本」「日本人」意識が社会各層に広く浸透する契機となり、あわせて「日本は神国」観念を定着させた。網野善彦は、このように「日本」「日本人」意識は、外国のみならず神仏なども含む「異界」に対する関係性の中で醸成されたとしている[19]。室町時代には「日本」の領域が北海道南部まで及んだ。
14世紀 - 15世紀の時期には、社会の中世的分権化が一層進展していったが、15世紀後半頃から戦国大名勢力による地域国家の形成が急速に進んでいった。この地域国家形成の動きは、中世社会の再統合へとつながり、16世紀末には日本の統一政権が樹立されるに至り、時代は近世へと移行した。「日本」の領域はこの時期にも変動している。16世紀末に蠣崎氏が北海道南部に本拠を置き、北海道・千島・樺太を含む蝦夷地の支配権を得た。蝦夷地は「日本」の領域とされることもあれば、領域外とされることもある、いわば境界というべき地域だったが、18世紀にシャクシャインの乱やロシア帝国の進出によって北方への関心が強まると、アイヌおよびロシアへの他者意識が「日本」「日本人」観となって庶民層にまで定着し、「日本」の領域も蝦夷が島(北海道)以南と意識されるようになった。南方に目を向けると、「日本」の西の境界は、中世を通じて鬼界島・硫黄島までと意識されていた。17世紀初めに薩摩島津氏が沖縄の琉球王国を侵攻し、支配下におさめたが、その後も琉球王国は日本・中国への両属を続けた。
19世紀中葉に入り、欧米列強との接触が飛躍的に増えると、列強各国に対する他者意識の裏返しとして「日本」「日本人」意識がますます強まり、現代の「日本」「日本人」意識とほぼ一致するまでに至った。アジア各国が欧米列強の植民地とされていく中で「日本」が独立の歴史を長く保ったことは、国民国家意識の醸成をもたらし、結果として明治維新以降の近代国家建設の基礎となったと考えられている。
明治維新を迎えた日本は、近代的な国民国家の建設を急速に進めていった。同時に近隣国と国境確定を行い、1875年(明治8)に樺太を放棄する代わりに占守島以南の千島列島全域を日本領とし(→樺太・千島交換条約)、一方、沖縄は琉球処分を通じて実効的な支配に成功し、ここに一旦、近代的国家としての日本国領域が確定した。
19世紀後半 - 20世紀初頭当時の帝国主義的な国際情勢の中で、東アジアに一定の勢力圏を築く必要に迫られた日本は、日清戦争や日露戦争を経て勢力圏の確保を進めた。両戦争を通じて日本は、台湾・澎湖諸島および南樺太を領土におさめ、関東州租借権を獲得した。より一層対外志向を強めた日本は、1910年(明治43)に韓国併合を、1919年(大正8)に国際連盟からの委任を受けて南洋群島の領有権・統治権を獲得した。さらに1930年代には中国東北部への進出を強め、満州国を傀儡化して一定の支配権を得るにいたった。こうした対外志向は、特にアメリカ合衆国をはじめとする欧米諸国との権益と真っ向から衝突し、最終的には1945年(昭和20)の太平洋戦争(大東亜戦争)での敗北によって破局に至った。
敗北した日本は、連合国軍の占領体制下に置かれ、日清戦争以降に獲得した領有権・統治権のほとんどを失った。日本が他国の支配を受けるのは史上初の経験だったが、連合国占領下において国制改革が精力的に進められ、戦後の経済発展の基礎が築かれた。1952年(昭和27)のサンフランシスコ講和条約により占領が解除されると、その後の日本は1970年代半ばまでに目覚しい経済発展を遂げた(→高度経済成長#日本の高度経済成長)。また1968年(昭和43)には小笠原諸島、1972年(昭和47)には沖縄の施政権がそれぞれアメリカ合衆国から返還された(→沖縄返還)。
1970年代後半以降の日本は、先進国の一員として数々の国際的役割を果たし、多くの発展途上国では成長モデルとして目標にされてきた。21世紀に至り、日本は社会の超高齢化とそれに伴う人口減少、経済の世界規模化への対応などの課題に直面している。
[編集] 建国をめぐる議論
『日本書紀』神武紀に、カムヤマトイワレヒコ(神武天皇)が辛酉年春正月庚辰朔(1月1日)に即位したとの記述があり、戦前はこれが日本建国の画期と考えられていた。明治5年11月15日(1872年12月15日)には、神武天皇即位紀元が西暦紀元前660年に始まると定められ、紀元前660年を元年とする紀年法「皇紀」が明治6年(1873年)1月1日から使用された[20]。しかし、歴史学の立場からすると、神武天皇即位は歴史的事実とはされておらず、神話の反映と見られている。戦後になり皇国主義的な歴史観が排除されると、皇紀が使用されることはほとんどなくなった[21]。
日本の建国時期として、このほか「日本」国号が定められた時期(飛鳥浄御原令または大宝律令の成立時期)、大政奉還がなされ近代国家建設が始まった明治維新の時期、ポツダム宣言を受諾して新たな日本建設が始まった時期、サンフランシスコ講和条約を結び主権を回復した時期、などが挙げられることがあるが、国家としての日本は長い歴史的経緯を経て形成されており、明確な建国の画期を見出すことは困難であり、建国をめぐる議論は主観的なものとなりがちである。
公的には前述の神武天皇即位紀元をもとにして、1966年(昭和41)、建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)によって2月11日が「建国記念の日」に定められた。(→建国記念の日)
[編集] 地理
日本の地理および 都道府県の面積一覧も参照
宇宙から見た日本列島日本は、アジア(ユーラシア大陸)の東方、太平洋の西部にある島国であり、4つの弧状列島(日本列島、千島列島、琉球諸島、伊豆・小笠原諸島)から成り立っている。台湾の東方にある与那国島から、樺太の南方にある北海道までを領土としている。 北にオホーツク海、北西に日本海、南西に東シナ海、南にフィリピン海、東に太平洋と周りをすべて海に囲まれ、日本海を挟んで大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ロシア連邦、東シナ海を挟んで中華人民共和国、中華民国(台湾)、フィリピン海を挟んでフィリピンと国境を接する。また、南方にパラオ共和国、小笠原諸島の延長線上にミクロネシア連邦があり、太平洋をはさんでアメリカ大陸がある。
全体的に弓形状になっており、全6,852島からなる国土面積は約37.8万km²(北方四島以外の千島列島、南樺太を除く)。領土の約70%が山であり、森林率は約67%である。周囲はすべて海であり、地上の国境線は実効支配領域においては無い。 本州と四国の間の海は特に瀬戸内海と呼ばれる。沖合を暖流の黒潮、対馬海流、寒流の親潮、リマン海流が流れる。
現在、ロシアとの間に北方領土(南千島列島を主とする。北千島列島・南樺太も含む場合がある)、中華人民共和国・中華民国(台湾)との間に尖閣諸島、大韓民国との間に竹島の領有問題がある。尖閣諸島以外は相手国側が実効支配している。
日本列島の地形区分は地質構造を基準にして南西日本と東北日本に大別される。その境界線は本州中部を南北に縦断する糸魚川静岡構造線である。
列島付近ではユーラシアプレート、フィリピン海プレート、太平洋プレート、北米プレートがせめぎ合い、環太平洋造山帯・火山帯・地震帯と呼ばれる帯の一環をなしている。そのため地震が頻発し、世界全体で放出される地震エネルギーのうち1割から2割が日本周辺に集中すると言われている。そのため、震度1クラスや2クラスくらいの地震は日本のどこかで毎日のように起きている。また、火山活動が活発であった事から、火山性土壌が多く、これが日本列島の地味を豊かにした面もある。また温泉が多い事も火山のめぐみと言える。
[編集] 日本の範囲
最東端
東京都南鳥島(北緯24度16分59秒・東経153度59分11秒)
ロシア占領下で帰属が微妙な千島列島占守島小泊崎(北緯50度・東経155度)を最東端とする意見もある。
最西端
沖縄県与那国島西崎(北緯24度26分58秒・東経122度56分01秒)
正式な「日本の最○端」のなかで唯一、公共交通機関で誰でも自由に訪れることができる場所である。
最南端
東京都沖ノ鳥島(北緯20度25分31秒・東経136度04分11秒)
人の住む最南端としては、沖縄県波照間島(北緯24度2分25秒・東経123度47分16秒)
最北端
北海道択捉島カモイワッカ岬(北緯45度33分28秒・東経148度45分14秒)
上記の択捉島はロシアが実効支配しており、これら北方領土を除く最北端は、北海道稚内市弁天島(宗谷岬;北緯45度31分13秒・東経141度56分27秒)
ロシア占領下で帰属が微妙な千島列島阿頼度島最北埼(北緯50度55分30秒・東経155度32分)を最北端とする意見もある。
[編集] 気候
大半の地域は温帯に属する。南方の諸島は亜熱帯、北方は亜寒帯的気候を示す。海洋性気候だが、モンスーンの影響を受け、四季等寒暖の差は大きい。
冬季は、シベリア高気圧が優勢となり北西の季節風が吹くが、その通り道である日本海では暖流の対馬海流から大量の水蒸気が蒸発するため、大量の雪を降らせる。そのため日本海側を中心に国土の約52%が豪雪地域であり、世界でも有数の豪雪地帯となる。逆に太平洋側では空気が乾燥した晴天の日が多い。
夏季は、太平洋高気圧の影響が強く、高温多湿の日が続く。また、台風も多い。ただし、北部を中心にオホーツク海高気圧の影響が強くなると低温となり、しばしば農業に悪影響を与える。
また日本は、比較的降水量の多い地域でもある。主な要因は日本海側での冬季の降雪、6・7月(沖縄・奄美は5・6月)に前線が停滞して起こる梅雨、夏季から秋季にかけて南方海上から接近・上陸する台風など。年間降水量は、約1,700mmとされる。
[編集] 地域・広域行政区画
詳細は日本の地域を参照
日本は都道府県(1都1道2府43県)という広域行政区画から構成される。ただし、地域区分(地方区分)には揺れが見られる。また、一部の市などは行政上は別途政令指定都市、中核市、特例市、特別区に定められているほか、各都道府県を、さらに細かく分けた市町村という行政単位や、町村をいくつかまとめた郡がある。北海道には独立出先機関として14の支庁が置かれている(全国市町村一覧参照)。
以下に、日本の地域(地方)と47都道府県を示す。地域(地方)は一般的なものを示した。太字は都道府県名で、左の数字は下の図の数字と対応している。
日本の各都道府県の位置
[編集] 北海道
北海道地方
1.北海道
[編集] 本州
東北地方
2.青森県 - 3.岩手県 - 4.宮城県 - 5.秋田県 - 6.山形県 - 7.福島県
関東地方
8.茨城県 - 9.栃木県 - 10.群馬県 - 11.埼玉県 - 12.千葉県 - 13.東京都 - 14.神奈川県(以上「一都六県」。「首都圏」はこれに山梨県を加える)
中部地方
北陸地方
16.富山県 - 17.石川県 - 18.福井県(福井県は全域、若しくは嶺南地方を近畿地方に含める場合がある。)
甲信越地方
19.山梨県 - 20.長野県 - 15.新潟県
東海地方
21.岐阜県 - 22.静岡県 - 23.愛知県(普通、「東海3県」というと、静岡県ではなく三重県を含める事が多い。)
近畿地方
24.三重県 - 25.滋賀県 - 26.京都府 - 27.大阪府 - 28.兵庫県 - 29.奈良県 - 30.和歌山県(三重県は東海地方に含まれる)
中国地方
31.鳥取県 - 32.島根県 - 33.岡山県 - 34.広島県 - 35.山口県
[編集] 四国
四国地方
36.徳島県 - 37.香川県 - 38.愛媛県 - 39.高知県
[編集] 九州
九州地方
40.人妻出会い福岡県 - 41.佐賀県 - 42.長崎県 - 43.熊本県 - 44.大分県 - 45.宮崎県 - 46.鹿児島県
[編集] 沖縄
沖縄地方
47.沖縄県
[編集] 首都
詳細は日本の首都を参照
東京日本の首都は事実上東京[22]であり、世界最大の都市圏を有する。東京都特別区の人口は約860万人で、東京都を中心とする神奈川県、埼玉県、千葉県などを含む首都圏人口は約3300万人。東京には、皇居のほか、国会議事堂、内閣、最高裁判所、各省庁、各国大使館、大企業の本社、日本銀行や主要銀行、証券会社、百貨店、新聞社や放送局があり、政治・経済の中心地である。また都心部への機関、人口の集中が限界に達し、ターミナル駅を中心として新宿、渋谷、池袋が副都心としてかなり発展している。さらに副都心に準ずる地域で交通の要衝であり、多様な機能を備えた複合拠点として品川、秋葉原の再開発が進められ、また東京近郊の新都心(新副都心)として、横浜みなとみらい21(横浜)、さいたま新都心(さいたま)、幕張新都心(千葉)の3箇所がある。ただし、汐留地区は複合都市とされている。
[編集] 主要都市
詳細は日本の市の人口順位を参照
横浜市
大阪市 都市 都道府県 推計人口 法定人口
1 東京23区 東京都 8,664,002 8,483,050
2 横浜市 神奈川県 3,630,830 3,579,133
3 大阪市 大阪府 2,645,790 2,628,776
4 名古屋市 愛知県 2,239,144 2,215,031
5 札幌市 北海道 1,895,438 1,880,875
6 神戸市 兵庫県 1,530,912 1,525,389
7 京都市 京都府 1,469,242 1,474,764
8 福岡市 福岡県 1,429,828 1,400,621
9 川崎市 神奈川県 1,372,762 1,327,009
10 さいたま市 埼玉県 1,192,005 1,176,269
人口は2007年12月1日のもの。
[表示]表・話・編・歴日本の都道府県庁所在地
北海道地方 札幌市
東北地方 青森市 - 盛岡市 - 仙台市 - 秋田市 - 山形市 - 福島市
関東地方 水戸市 - 宇都宮市 - 前橋市 - さいたま市 - 千葉市 - 東京都特別区部 - 横浜市 - (甲府市)
中部地方 新潟市 - 富山市 - 金沢市 - 福井市 - 甲府市 - 長野市 - 岐阜市 - 静岡市 - 名古人妻出会い屋市 - (津市)
近畿地方 津市 - 大津市 - 京都市 - 大阪市 - 神戸市 - 奈良市 - 和歌山市
中国地方 鳥取市 - 松江市 - 岡山市 - 広島市 - 山口市
四国地方 徳島市 - 高松市 - 松山市 - 高知市
九州地方 福岡市 - 佐賀市 - 長崎市 - 熊本市 - 大分市 - 宮崎市 - 鹿児島市 - 那覇市
[表示]表・話・編・歴日本の政令指定都市
北海道地方 札幌市
東北地方 仙台市
関東地方 さいたま市 - 千葉市 - 横浜市 - 川崎市
中部地方 新潟市 - 静岡市 - 浜松市 - 名古屋市
近畿地方 京都市 - 大阪市 - 堺市 - 神戸市
中国地方 広島市
九州地方 北九州市 - 福岡市
[表示]表・話・編・歴日本の中核市
北海道地方 函館市 - 旭川市
東北地方 青森市 - 秋田市 - 郡山市 - いわき市
関東地方 宇都宮市 - 川越市 - 船橋市 - 横須賀市 - 相模原市
中部地方 富山市 - 金沢市 - 長野市 - 岐阜市 - 豊橋市 - 岡崎市 - 豊田市
近畿地方 高槻市 - 東大阪市 - 姫路市 - 奈良市 - 和歌山市
中国地方 岡山市 - 倉敷市 - 福山市 - 下関市
四国地方 高松市 - 松山市 - 高知市
九州地方 長崎市 - 熊本市 - 大分市 - 宮崎市 - 鹿児島市
[表示]表・話・編・歴日本の特例市
東北地方 八戸市 - 盛岡市 - 山形市
関東地方 水戸市 - つくば市 - 前橋市 - 高崎市 - 伊勢崎市 - 太田市 - 川口市 - 越谷市 - 草加市 - 所沢市 - 厚木市 - 大和市 - 茅ヶ崎市 - 平塚市 - 小田原市 - (甲府市)
中部地方 長岡市 - 上越市 - 福井市 - 甲府市 - 松本市 - 沼津市 - 富士市 - 春日井市 - 一宮市 - (四日市市)
近畿地方 四日市市 - 大津市 - 茨木市 - 吹田市 - 豊中市 - 寝屋川市 - 枚方市 - 八尾市 - 岸和田市 - 尼崎市 - 宝塚市 - 明石市 - 加古川市
中国地方 呉市 - 鳥取市
九州地方 久留米市 - 佐世保市
[編集] 主要都市圏
詳細は都市雇用圏を参照
名古屋市 都市圏 中心都市 都市圏人口 中心都市人口
1 東京都市圏 東京23区 31,729,844 8,134,688
2 大阪都市圏 大阪市 12,116,540 2,598,452
3 名古屋都市圏 名古屋市 5,318,500 2,119,714
4 京都都市圏 京都市 2,583,304 1,388,842
5 福岡都市圏 福岡市 2,329,021 1,284,574
6 神戸都市圏 神戸市 2,296,268 1,375,306
7 札幌都市圏 札幌市 2,217,162 1,759,684 人妻出会い
8 広島都市圏 広島市 1,584,037 987,542
9 仙台都市圏 仙台市 1,555,691 892,252
10 岡山都市圏 岡山市 1,484,066 431,882
人口は2000年のもの。
[編集] 人口
詳細は日本の人口統計、都道府県の人口一覧をそれぞれ参照
127,767,944人(国勢調査 2006年10月1日)
約127,724,000人(総務省統計局「人口推計月報」2007年3月1日確定値[23])
127,433,494人 (CIAワールドファクトブック、2007年7月[24])
約128,100,000人(2007年6月現在)
日本国籍を持つ者の割合は98.9%(2003年8月現在)
[編集] 年齢構成
近年、急速な少子化、高齢化が進行しつつある。それに加えて、戦後のベビーブームで誕生した年齢層で人口の多い団塊の世代が相次いで定年を迎えるため(2007年問題と呼ばれる)、被扶養人口の爆発的増加が危惧されている。
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]
年齢 人口
0 - 4歳 5735
5 - 9 5938
10 - 14 6060
15 - 19 6761
20 - 24 7725
25 - 29 8755
30 - 34 9819
35 - 39 8662
40 - 44 7909
45 - 49 7854
50 - 54 9300
55 - 59 9640
60 - 64 8652
65 - 69 7343
70 - 74 6466
75 - 79 5098
80歳以上 5969
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]
男 年齢 女
2943 0 - 4歳 2792
3040 5 - 9 2898
3105 10 - 14 2955
3466 15 - 19 3295
3955 20 - 24 3770
4461 25 - 29 4294
4960 30 - 34 4859
4359 35 - 39 4303
3976 40 - 44 3933
3936 45 - 49 3918
4633 50 - 54 4667
4762 55 - 59 4878
4193 60 - 64 4459
3484 65 - 69 3859
2951 70 - 74 3515
2168 75 - 79 2930
1902 80歳以上 4067
データ出典:第10表/都道府県, 年齢(5歳階級), 男女別人口−総人口
(総務省統計局)
[編集] 地域別分布
日本の各地方の人口は次の通りである。
首都圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、茨城県、群馬県、栃木県、山梨県):約4024万人
近畿圏(大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、和歌山県、滋賀県、三重県、福井県):約2475万人
東海地方(愛知県、岐阜県、三重県、静岡県):約1493万人
九州・沖縄地方(福岡県、大分県、佐賀県、長崎県、熊本県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県):約1478万人
東北地方(宮城県、青森県、岩手県、秋田県、山形県、福島県):約974万人
中国地方(広島県、岡山県、山口県、鳥取県、島根県):約人妻出会い770万人
北陸・信越地方(新潟県、長野県、富山県、石川県):約697万人
北海道地方(北海道):約566万人
四国地方(香川県、愛媛県、高知県、徳島県):約413万人
日本には、100万人規模以上の人口を有する大都市が、各地方(四国地方を除く)に点在している。国民の多くはこれらの大都市、またはその周辺部で生活する。都市部は沿岸の平野部に集中しており、国土の1割に人口の9割が住む。また、日本海側に比べて太平洋側に人口が集中している。中でも特に、東京を中心とした首都圏の人口は、日本の人口の約3分の1を占め、世界最大の都市圏を構成している。そのため、都心部では土地の値段が高騰化し、ドーナツ化現象などの問題も起きている。
人口が700万人を超える都道府県は次の通りである。
東京都:約1270万人(5,790人/km²)
神奈川県:約885万人(3,663人/km²)
大阪府:約882万人(4,654人/km²)
愛知県:約730万人(1,367人/km²)
埼玉県:約710万人(1,827人/km²)
また、日本の政令指定都市の人口は次のとおりである。
札幌市(北海道):約190万人(1,686人/km²)
仙台市(宮城県):約100万人(1,305人/km²)
さいたま市(埼玉県):約120万人(5,445人/km²)
千葉市(千葉県):約90万人(3,425人/km²)
横浜市(神奈川県):約360万人(8,292人/km²)
川崎市(神奈川県):約130万人(9,339人/km²)
新潟市(新潟県):約81万人(1,118人/km²)
静岡市(静岡県):約70万人(513人/km²)
浜松市(静岡県):約81万人(535人/km²)
名古屋市(愛知県):約220万人(6,821人/km²)
京都市(京都府):約150万人(1,777人/km²)
大阪市(大阪府):約260万人(11,869人/km²)
堺市(大阪府):約83万人(5,554人/km²)
神戸市(兵庫県):約150万人(2,771人/km²)
広島市(広島県):約120万人(1,281人/km²)
福岡市(福岡県):約140万人(4,164人/km²)
北九州市(福岡県):約100万人(2,034人/km²)
なお、2007年4月1日より新潟市(新潟県)と浜松市(静岡県)も政令指定都市となった。また、相模原市や熊本市の市長が2010年までに政令指令都市を目指すと表明している。
一方で農漁村では、若い働き手が都市部へ移住してしまうため、過疎化、高齢化が進行している。
[編集] 政治
日本国憲法下の統治機構図詳細は日本の政治、日本政治史をそれぞれ参照
日本の政治は、日本国憲法に基づいて運営されている。
[編集] 日本国憲法
1946年11月3日公布、1947年5月3日施行。
日本国憲法は、憲法第13条個人の尊厳(個人の尊重)をその根本に置き、下記三つを三大原理としている。
自由人妻出会いと基本的権利の平等の両立を目指す「基本的人権の尊重」
主権が国民に由来する「国民主権」
戦争の放棄と戦力の不保持を定める「平和主義」
これらの理念を実現するため、統治機構は権力分立(三権分立)に基づいて配され、立法権は国会に、行政権は内閣に、司法権は裁判所に属する。
[編集] 象徴天皇制
天皇は、日本国憲法に「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(憲法1条)と定められ、「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」ものとされる(同条)。天皇は、憲法の定める国事行為のみを行い、国政に関する権能を有しない(憲法4条1項)。ただし、国事行為のほか、象徴たる地位に基づく公的行為を行う。
日本内外にて天皇は元首として遇されている[25]。さらに、日本は立憲君主制であるというのが、日本の公式見解である[26]。
[編集] 国の政治
国会議事堂国の政治は、国会と内閣を中心に行われる。国会(特に与党)と内閣は、分立しながら協働して国政を行う議院内閣制を採る。
国会は、衆議院と参議院の二院からなる二院制(両院制)の議会である。国会は「国権の最高機関」であり、「国の唯一の立法機関」とされる(憲法41条)。衆議院・参議院は、いずれも全国民を代表する選挙された国会議員(衆議院議員、参議院議員)によって組織される。ただし、法律や予算、条約の議決、内閣総理大臣の指名、内閣不信任決議などにおいて、衆議院は参議院より強い権限が与えられている(衆議院の優越)。これは、衆議院には解散があり、任期も短い(衆議院は4年、参議院は6年)ため、衆議院の方がより民意を反映しているためと説明される。
内閣は、首長たる内閣総理大臣と、その他の国務大臣からなる合議制の機関である。内閣総理大臣は、国会議員(衆議院議員、参議院議員のいずれでもよい)の中から国会の議決によって指名され、天皇に任命される。国務大臣は、内閣総理大臣が任命し、天皇が認証する。国務大臣の過半数は、国会議員の中から選ばなければならない。内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う。また、内閣は衆議院の解散権を持つ。
国会で審議され、可決される法律案の大多数は、内閣が提出する政府提出法案(内閣提出法律案、閣法)であ人妻出会いり、国会議員が発議する法案は少ない。政府提出法案は、内閣の下に置かれる行政機関(省庁)が、国会の多数を占める与党との調整を経て作成する。行政機関の幹部公務員(キャリア官僚)の国政に対する影響力は、とても強い。国会議員の給源は、キャリア官僚、弁護士、地方議員などが多く、いわゆる世襲議員と並ぶ。
裁判所は、司法権のほかに法令審査権(違憲立法審査権)を持つ。これは、法令や行政行為などの合憲性を審査して、最終的に判断する権限である。もっとも、裁判所はいわゆる司法消極主義に基づき、国会や内閣など政治部門の判断への干渉は、控えることが多い。
[編集] 戦後政治史
国会では、1955年(昭和30年)に結党された自由民主党(自民党)が、一貫して最多の議席を占める。同年に結党された日本社会党(社会党)とともに、55年体制と呼ばれる政治体制を形作った。この体制は、自民党が与党として党の総裁を国会で内閣総理大臣に指名し、同党議員の中から国務大臣を任命して内閣を組み、社会党は野党として自民党と対立・協調しながら国政を運営するものである。新自由クラブと連立政権を組んだ1983年(昭和58年)から1986年(昭和61年)までの一時期を除き、1993年(平成5年)までの約40年間は自民党単独政権が続いた。
1993年(平成5年)に自民党羽田派が離党して新生党を結党し、非自民・非共産の連立政権である細川内閣が成立したことで、55年体制は崩壊し、自民党は政権を離れた。翌1994年(平成6年)6月に、自民党・社会党・新党さきがけの連立政権(自社さ連立人妻出会い)である村山内閣が成立したことで自民党は政権に復帰。次の橋本内閣以後、小渕内閣では自由党との連立(自自連立)、同じく小渕内閣で公明党を加えた連立(自自公連立)、森内閣・小泉内閣で自由党が抜けて自由党の一部からなる保守党(保守新党)が残った連立(自公保連立、自公保新連立)、保守新党が解党した連立(自公連立)など、常に連立政権を組むことで、自民党の総裁が内閣総理大臣となっている。
2008年3月現在、内閣総理大臣は自民党総裁の福田康夫で、自公連立政権である福田康夫内閣が組まれている。
[編集] 地方制度
日本国憲法は、地方自治の制度を定める。地方自治は、地方公共団体が担う。地方公共団体は、基礎的地方公共団体である市町村と広域的地方公共団体である都道府県の二段階の体制をとる。
基礎的地方公共団体としての市町村は、市が782、町が827、村が195の合計1804あり、このほか東京都の都心部に23の特別区がある(2007年(平成19年)4月1日現在)。市町村には、執行機関である市町村長と、議決機関である市町村議会(または町村総会)が置かれる。市町村長と議会の議員は、いずれも住民から選挙される。市町村は、その財産を管理し、その地域の事務を取り扱い、行政を執行する。また、市町村は、法律の範囲内において条例を定める。特に規模が大きい市は、政令指定都市として、一部の権限が都道府県から委譲される。
広域的地方公共団体としての都道府県は、都が1、道が1、府が2、県が43の合計47ある。都道府県には執行機関人妻出会いである都道府県知事と、議決機関である都道府県議会が置かれる。都道府県知事と議会の議員は、いずれも住民から選挙される。都道府県は、市町村を包括し、より広域的な行政を行う。都道府県も、法律の範囲内において条例を定めることができる。
現在、東京一極集中を緩和して地方分権を進めるため、都道府県を解消してより広域的な道州を置く道州制の導入が検討されている(日本の道州制論議)。人妻出会い
北海道 札幌市 札幌駅
青森県 青森市 青森駅
岩手県 盛岡市 盛岡駅
宮城県 仙台市 仙台駅
秋田県 秋田市 秋田駅
山形県 山形市 山形駅
福島県 福島市 福島駅
茨城県 水戸市 水戸駅
栃木県 宇都宮市 宇都宮駅
群馬県 前橋市 前橋駅
埼玉県 さいたま市 浦和駅
千葉県 千葉市 千葉駅
東京都 新宿区 新宿駅
神奈川県 横浜市 横浜駅
新潟県 新潟市 新潟駅
富山県 富山市 富山駅
石川県 金沢市 金沢駅
福井県 福井市 福井駅
山梨県 甲府市 甲府駅
長野県 長野市 長野駅
岐阜県 岐阜市 岐阜駅
静岡県 静岡市 静岡駅
愛知県 名古屋市 名古屋駅
三重県 津市 津駅
滋賀県 大津市 大津駅
京都府 京都市 京都駅
大阪府 大阪市 京橋駅
兵庫県 神戸市 神戸駅
奈良県 奈良市 奈良駅
和歌山県 和歌山市 和歌山駅
鳥取県 鳥取市 鳥取駅
島根県 松江市 松江駅
岡山県 岡山市 岡山駅
広島県 広島市 広島駅
山口県 山口市 山口駅
徳島県 徳島市 徳島駅
香川県 高松市 高松駅
愛媛県 松山市 松山駅
高知県 高知市 高知駅
福岡県 福岡市 博多駅
佐賀県 佐賀市 佐賀駅
長崎県 長崎市 長崎駅
熊本県 熊本市 熊本駅
大分県 大分市 大分駅
宮崎県 宮崎市 宮崎駅
鹿児島県 鹿児島市 鹿児島駅
沖縄県 那覇市